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飲酒による睡眠の質の低下が髪を細くする
「寝酒をするとぐっすり眠れる」というのは、広く信じられている俗説ですが、髪の健康にとっては非常に危険な誤解です。アルコールには鎮静作用があるため、一時的に寝つきが良くなるように感じるかもしれません。しかし、睡眠の質という観点から見ると、その実態は全く逆です。私たちの睡眠は、浅い眠りの「レム睡眠」と、深い眠りの「ノンレム睡眠」が約90分の周期で繰り返されています。特に、眠り始めの深いノンレム睡眠中に、脳下垂体から「成長ホルモン」が最も多く分泌されます。この成長ホルモンは、体の細胞分裂を促し、日中に受けたダメージを修復する重要な役割を担っており、もちろん髪の毛の成長にも不可欠です。毛母細胞が分裂し、髪が伸びるためには、この成長ホルモンの働きが欠かせません。ところが、アルコールを摂取して眠ると、この重要な睡眠サイクルが大きく乱されてしまいます。アルコールは最初のうちは深い眠りを誘いますが、体内で分解されてアセトアルデヒドが生成されると、交感神経を刺激し、覚醒作用をもたらします。その結果、睡眠の後半部分でレム睡眠が増え、何度も目が覚めやすくなるのです。つまり、寝酒は「深い睡眠」を犠牲にして、「浅い睡眠」を増やす行為に他なりません。これにより、成長ホルモンの分泌量が大幅に減少し、毛母細胞の活動は不活発になります。髪の成長が妨げられ、新しく生えてくる髪は十分に育たず、細く弱いものになってしまいます。これが長く続けば、髪全体のボリュームが失われ、薄毛が進行していくことになります。健康な髪を育むためには、十分な睡眠時間の確保はもちろんのこと、その「質」が極めて重要です。髪の未来を思うなら、ぐっすり眠るためのパートナーとしてお酒を選ぶのではなく、リラックスできる音楽を聴いたり、温かいノンカフェインの飲み物を飲んだりといった、より健全な方法を見つけるべきでしょう。
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アルコール分解と髪の栄養素の奪い合い
私たちが摂取したアルコールが、いかにして髪の健康を脅かすのか。そのメカニズムを理解するためには、体内で繰り広げられる栄養素の争奪戦について知る必要があります。口から入ったアルコールは、主に肝臓で代謝されます。この代謝プロセスは二段階に分かれており、まず「アルコール脱水素酵素(ADH)」の働きによって、アセトアルデヒドという毒性の強い物質に分解されます。このアセトアルデヒドこそが、二日酔いの頭痛や吐き気の元凶です。次に、このアセトアルデヒドを無害化するために、「アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)」が働き、最終的に無毒な酢酸へと分解します。問題は、この一連の分解プロセスで、様々な補酵素、特にビタミンやミネラルが大量に消費される点にあります。髪の毛は、その約90%が「ケラチン」というタンパク質で構成されています。そして、食事から摂ったアミノ酸をケラチンに再合成する過程で、ビタミンB群やミネラルの亜鉛が必須の役割を果たします。しかし、体内にアルコールが入ってくると、肝臓は毒物であるアセトアルデヒドの分解を最優先事項とします。その結果、髪を作るために使われるはずだったビタミンB群や亜鉛が、アルコールの解毒作業に動員されてしまうのです。これが、体内で起こる「栄養素の奪い合い」の実態です。特に、メチオニンやシスチンといった含硫アミノ酸は、ケラチンの主成分であり、アルコールの分解過程でも消費されやすいことが知られています。つまり、飲酒量が増えれば増えるほど、髪の材料となるアミノ酸と、それを使って髪を組み立てるための道具であるビタミンやミネラルの両方が、アルコール分解という緊急ミッションのために奪われていくわけです。この熾烈な争奪戦に髪が負け続けた結果、毛母細胞は栄養不足に陥り、新しく生えてくる髪は細く、弱々しくなり、やがては抜け毛の増加や薄毛の進行へとつながっていくのです。